社長の酒中日記 11月その2

11月某日
「薔薇の雨」(田辺聖子 中央公論社 1989)を図書館から借りて読む。「薔薇の雨」を読むのは2度目か3度目。私は同じ本を再読三読することはあまりしないのだが田辺聖子だけは別。同じ小説を何度読んでも飽きることがない。「薔薇の雨」には5編の短編が収められていて、5つの愛の「かたち」が描かれている。例えば「鼠の浄土」では後妻に入った丹子と夫と義理の息子との葛藤がテーマ。子連れ医師の「カモカのおっちゃん」の後添えとなった田辺の体験が生きているのかもしれない。「お手紙下さい」は売れっ子シナリオライターが東京での不倫スキャンダルから逃れて京都に逃避し、そこでのブティック経営者(この人も妻を亡くしている)との出会いと恋がストーリー。「良妻の害について」は姑に仕え、夫の浮気にも文句を言わず耐えてきた「私」が、「一口最中」をきっかけに自立する話。「君や来し」はわがままな義理の妹の見合いに付き添った佐代子と、義理の妹の見合いの相手とのラブストーリー。表題作の「薔薇の雨」は50歳の留禰と15歳下の守屋の恋物語である。いずれも描かれているのはラブストーリであるが、一貫したテーマは女性の自立であるように思う。専業主婦にしろ仕事を持つ女性にしろいろいろなしがらみに縛れて生きている。「ときにはしがらみから離れてみよ!そして身軽になってみよ!」というのが田辺のメッセージだと思われる。そこが田辺が女性に圧倒的に支持される理由の一つなのだろう。

11月某日
HCMの大橋社長と富国生命の「経済講演会」を聞きに帝国ホテルへ。講師は岡崎哲二東大大学院経済学研究科教授でテーマは「経済史の新しい見方 制度と組織の経済史」。岡崎先生というお名前は聞いたことがないが、スタンフォード大学の客員教授とか経済産業研究所のフェローという経歴それに「制度と組織の経済史」というテーマからして、亡くなった青木昌彦の系譜だろうと思う。岡崎先生はA.トインビーの「歴史の教訓」から「未来に起こりうるもろもろの可能性について少なくとも一つの可能性を示す」ことが歴史とりわけ経済史の使命であるとし「現在、当然のことと受け入れられている状態は必ずしも普遍性を持たない」と続けた。日本の金融が株式市場等からの直接金融ではなく銀行等からの間接金融が中心という現在の常識も、戦前は株式市場が機能を果たし直接金融が盛んだったという例により必ずしも普遍性を持つものではないという。また従来、技術進歩、資本蓄積、人口の増加が経済発展をもたらしたというのが経済学の常識だったが、技術進歩、資本蓄積、人口増は経済発展そのものであり、むしろ「国家による所有権の保護」と「国家からの所有権の保護」が経済を発展させたのであり、名誉革命の経済的意味はそこにあると指摘した。なるほどねー。経済史的に制度の役割を見ているわけだ。11世紀に地中海世界で「商業の復活」があったのも「自律試行的(プレイヤーが制度に従うインセンティブを持つ)な私的制度が国家による契約執行を代替していたから」という。なかなか納得できる話ではある。今度、機会があれば先生の著作を読んでみたいと思う。なるべく分かりやすいのをね。講演後、パーティに参加して富国生命の矢崎さんに挨拶、その後、大橋社長にご馳走になる。

11月某日
昨日(11月7日)の日経の朝刊に日経イノベーションフォーラム「AI時代を勝ち抜くために」(共催・リコー、日本将棋連盟)の要約が掲載されていた。脳科学者の茂木健一郎の基調講演がAIと人間の関係の本質を突いているように思うので以下抜粋する。「人間は記憶力、計算能力、論理的推理能力ではAIに勝てません。勝てるのは人格力です。人格力とは開放性、誠実性、外向性、協調性、神経症的傾向で構成されます。人格力を磨くことがAIの時代に非常に大事ですが、羽生王座の強さの秘密もそのあたりにあるように思います」。

11月某日
かいぽけマガジンの取材で堤修三氏にインタビュー。当社に来社してもらう。テーマは「要介護度が改善した場合、事業者にインセンティブを与えるべきか」。結論から言うと堤さんの考えは、金銭的なインセンティブは必要ない、むしろ要介護度を改善させた事業者には市長から表彰するなどしたらどうかという意見だった。事業者にとっては宣伝になるし被保険者には事業者選択の目安の一つになりうるというもの。インタビュー後、堤さんとSMSの山田君、当社の迫田、酒井と会社の向かいの「ビアレストランかまくら橋」で食事。

11月某日
米大統領選挙で共和党のトランプ氏が大方の予想を裏切って当選。予備選に出馬した段階では泡沫候補に過ぎなかったトランプ氏が、あれよあれよと見る間に予備選を勝ち上がり、ついには本選を制してしまった。日本の株価は下落し円相場は上昇した。アメリカの大統領は国家元首と行政府の長を兼ね国軍の最高司令官。核兵器使用の命令を出すのも大統領だ。超大国アメリカの絶大な権限を持つ最高権力者である。政治家や軍人の経験のない大統領はトランプ氏が初、加えて日頃の言動からトランプ氏の大統領としての手腕を疑問視する論調を多く目にする。私は少し違う見方。権力を持てば言動に注意せざるを得ない。そこが候補と現職大統領の大きな違いだ。もうひとつは実際の政策については、経験がないだけにブレーンや閣僚の意見に耳を傾けざるを得ないということ。トランプ氏はヒットラーにならないしなれないのだ。