社長の酒中日記 11月その1

11月某日
図書館で借りた「オライオン飛行」(高樹のぶ子 講談社 2016年9月)を読む。新聞の書評欄の紹介で面白そうと思い図書館にリクエストした。先日読んだ桐野夏生の「グロテスク」は人間の悪意、憎悪、欲望を抉ったものだが、本書はミステリーじみた恋愛物語。余り肩に力を入れずに読むことが出来た。1936年11月フランス人飛行家アンドレ・ジャビーはパリの飛行場を東京に向け飛び立つ。パリ―東京間を100時間以内で飛んだものに、今のお金で1億から2億円の賞金がフランス政府により提供されることになっていた。しかしアンドレの操縦する飛行機は東京を目前にした佐賀県と福岡の県境にある背振山に墜落する。アンドレの命は助かったが脚部を骨折し、九州帝大病院に収容される。九州帝大病院では手厚い医療を受けるうちに美貌の看護婦、久美子と恋に落ちる。しかし傷が癒えるとともにアンドレは帰国、二人は引き裂かれる。時代は現代にとび、久美子の持ち物だった懐中時計は血の繋がるあやめに引き継がれる。アンドレ・ジャビーは実在の人物で、背振山に墜落したのも歴史的事実(ネットで検索した)。そこから日本人看護婦との恋物語や懐中時計を巡るストーリーを編み出した高樹のぶ子の作家的力量に脱帽。

11月某日
元厚労省の川邉さんからIBMの顧問を辞めるというメールが来たので結核予防会の竹下専務と会社近くの「ビアレストランかまくら橋」で軽く慰労会。川邉さんは元厚労次官の江利川さんや元宮城県知事の浅野さんと厚生省の同期。江利川さんの後任として川邉さんが年金局資金課長に就任して以来だから、もしかすると30年以上の付き合いになるのかもしれない。ほとんど利害関係のない言わば「君子の交わり」だから長続きするのだと思う。川邉さんと別れた後、竹下さんと神田駅近くの葡萄舎へ。

11月某日
家の近所でしかも同じ小中高学校に通うケースはあまりないのではないかと思う。ところが私の場合は結構いる。小中高とも公立で、高校受験が小学区制だったことによることが大きい。私と私の近所の友達は道立室蘭東高校しか受験できなかった。この高校は第一次ベビーブーム世代を対象に新設された高校で、私は2回生。1回生には連続企業爆破事件の東アジア反日武装戦線のメンバーで逮捕当日、自殺した斎藤和や大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した久田恵がいる。私と家が近所で小中高が一緒だった佐藤正輝は札幌でソフトウエア会社を起業して成功している。正輝が上京するというので神田の葡萄舎を予約、当日は私を入れて9人が集まった。そのうち女子(と言ってもみんな60代後半のばあさんですが)は3人いた。9人のうち私と正輝、高卒後上京して劇団に入り今は照明の仕事をしている山本、青学を出て日航のパーサーになった上野の4人が小中高が一緒。高齢になっても子供時代の友人は貴重。楽しい時間を過ごした。

11月某日
図書館で借りた「華族の誕生」(浅見雅彦 講談社学術文庫)が面白かったので同じ作者の「公爵家の娘-岩倉靖子とある時代」(リプロポート 1991)を図書館で借りる。岩倉靖子というのは岩倉具視のひ孫で、学習院から日本女子大に進学、中退後に日本共産党のシンパとなり、治安維持法違反の容疑で逮捕拘留される。8か月間拘留されたのち釈放されたが、10日後の昭和8年12月、かみそりで頸動脈を切り自死した。昭和8年とは日本が国際連盟から脱退した年であり、日本は満州事変により満州に傀儡政権を樹立し、大東亜戦争への道をひた走っていた時期である。何が公爵家の娘を左翼運動に走らせたのか興味深いが、帝政ロシアでも革命運動の一翼を担ったのは貴族であった。ブルジョア階級の一部が先鋭化することもあるということだろう。

11月某日
坂東真砂子の「瓜子姫の艶文」(中公文庫 2016年10月)が書店に並んでいたので手に取ると帯に「著者最後の長編小説」とある。そうだ坂東真砂子は死んだんだ、と買うことにする。今まで何冊か読んだが、オドロオドロしくて土俗的な作風が印象に残っている。本書は伊勢、松阪の遊女、伽羅丸が主人公。彼女は客の木綿問屋主人、玄右衛門に本気で恋い焦がれ玄右衛門の後添えに収まることに成功する。しかし徐々に明らかになる主人公と玄右衛門の過去と因縁。私は「土俗」を感じるのだが、坂東が高知出身(土佐高)というのも関係あるかもしれない。高知はたしか「土佐源氏」の本場。坂東は土佐高から奈良女子大住居学科に進学、卒業後イタリアで建築とインテリアを学んだ。そういえばイタリアもカトリックで、ヨーロッパのなかでは「土俗的」な感じがする。