10月某日
「昭和下町暮らし」(森まゆみ 中公文庫 2025年12月)を読む。森は1954年、文京区の駒込病院で生まれる。両親ともに歯科医で不忍通りに面した千駄木あたり(駒込動坂下)で開業。森はお茶の水付属中高から1973年、早稲田大学政経学部に進学。私が72年卒業だから入れ替わりである。もっとも私は授業にはほとんど出たことはなかった。当時はそれでも4年で卒業させてくれた。森は藤原保信ゼミに入り無事4年で卒業するが、当時は4大を出ても女子には教職や公務員以外、就職口はほとんどなく、森は銀座のPR会社に職を得る。その後近所の山崎範子らと地域雑誌「谷根千」を刊行する。本書はタイトル通り森の「昭和下町暮らし」が活写される。私は北海道室蘭市の郊外といえば聞こえは良いが、実際は町外れで育つ。だから食生活や学校生活が微妙に異なる。しかしテレビが家庭に入ってから暮らしの同質化が始まったような気がする。本書は随所に森の反骨精神が見られて楽しい。出雲の百姓と自称する佐藤忠吉さん。「失敗のない人生はそれこそ失敗でごじゃいますな」と出雲弁で語る。森は「学校も合格、浪人もせずよい大学に行って、有名企業に受かってつつがなく定年まで勤めたところで何が面白いのか」「世の荒波の中で悩み、失意の時や雌伏の時があってこそ、人生を味わうことが出来る」と書く。まったく賛成。
10月某日
神田の社保研ティラーレの事務所を訪問、吉高会長と佐藤社長と面談。吉高会長さんは生活の拠点を茨城に移したが、今でも週一回は事務所に出ているとのこと。吉高さんは高卒で武田薬品に入社、労働組合で頭角をあらわし上部団体のゼンセン同盟で活躍、中医協の委員も務めた。私は北海道育ちなので幼い頃、日本製鋼所室蘭や王子製紙苫小牧の労働争議を目撃した。また北海道では日教組や炭労、自治労などの勢力が強く、それらの組合は総評に所属していた。幼い頃から総評=左派、同盟=右派というイメージが刷り込まれていた。しかし長じるにつれ総評は官公労を主体、同盟は民間労組を主体としていることに気がついた。また年友企画で担当した年金転貸融資の団体のうち20協会は同盟(多くはゼンセン)が母体となっていた。理事長の多くは労働組合出身で、労働者の資産形成という観点から年金住宅融資を見ていた。ゼンセンは海員組合と並んで戦前からの歴史がある。海員組合は海運事業の衰退から組織を大幅に縮小させたが、ゼンセンはスーパーなどの流通産業に組織を拡大している。
10月某日
滋慶学園グループOB、OGの大谷源一さん、白井孝子さん、それに厚生省OBの小林和弘さんと東京神田、鎌倉河岸ビル地下1階の「跳人」で会食。大谷さんとは確か高橋ハムさんとのつながりで親しくなって、のちに滋慶グループの東京福祉専門学校などの入学案内制作の仕事をもらうようになった。その過程で白井さんとも親しくなったのだが、白井さんには「胃ろう・吸引シミュレーター」の開発でもお世話になった。小林さんは確か関東厚生局長を最後に退官、末次さんの次の全社協副会長になったのでは(うろ覚え)。白井さんは看護師出身、小林さんはエリート官僚出身、私と大谷さんは全共闘崩れ。それぞれ異なる経歴を持ちながら、親しく酒を呑ませていただきました。
10月某日
「おたふく 山本周五郎名品館Ⅰ」(沢木耕太郎編 文春文庫 2018年4月)を読む。沢木耕太郎の視点で山本周五郎の作品を選び直すという企画。沢木は年少の頃から貸本屋で時代小説を借りていたという話を沢木のエッセーで読んだことがある。私は中年以降、藤沢周平、佐藤雅美、司馬遼太郎らの時代小説、歴史小説を好んで読んできた。これらの小説は概ね江戸時代である。泰平の世が続く一方、貨幣経済が浸透するなかで商人資本主義が台頭する。武士的な価値観は揺らぐ一方、それに固執する武士も少なくない。江戸時代も中期以降になると、多様な価値観が世に現れてきたのではないか。私が山本や藤沢周平の小説を面白いと思うのも、そこに武士や庶民の多様な暮らし、価値観が表現されているからだと思う。
10月某日
「裏の木戸はあいている 山本周五郎名品館Ⅱ」(沢木耕太郎編 文春文庫 2018年5月)を読む。山本周五郎名品館は4冊で構成されていてそのすべてに沢木耕太郎が解説を書いている。解説エッセイ「彼らを輝かせるもの」で沢木は次のようなことを書いている。沢木の「バーボン・ストリート」の文庫本の解説を頼んでいた色川武大が急死し、ピンチ・ヒッターを山口瞳に頼むことになった。山口の解説に次の一節がある。《私は、『新潮現代文学全集17・山本周五郎』の巻の解説と、文春文庫・向田邦子『父の詫び状』の解説を読んでいて、彼はタダモノではないという感触を得ていた》 30代に入ったばかりの沢木に山本周五郎の巻の解説の依頼が来た。その解説を読んだ山口が「タダモノではない」という感触を得、何年かして山口から紀行文「迷惑旅行」の解説を依頼される。山口はデビュー作「江分利満氏の優雅な生活」を山本周五郎から《山口瞳。ありがたい作家があらわれたものだ》と絶賛される。「これがもとで、山本周五郎と山口さんとのあいだに、ある種の交流が生まれた。私も、のちに何度か共にすることになる酒席」がもたれた。山本周五郎と山口瞳そして沢木耕太郎の意外な(?)交流が明らかにされる。山本周五郎と山口瞳の共通点いついて沢木は「独特のこだわり」をあげる。それは「意地」とも言い換えられ、私には沢木にも同じものが感じられる。
10月某日
「将監さまの細道 山本周五郎名品館Ⅳ」(沢木耕太郎編 文春文庫 2018年7月)を読む。沢木耕太郎の解説エッセイ「悲と哀のあいだ」では山本周五郎と山手樹一郎の「深い関わり」について書いている。沢木は中学生のころ山手樹一郎の時代小説に熱中し、山本周五郎を読むようになったのは20代に入ってからという。沢木は「二人の、文学的な評価という土俵での勝負はついている」とする。そして「職人的な作家の山手樹一郎の姿が、ふと、山も周五郎の小説世界の住人のように思えてきたりもする。こつこつと確かな職人仕事をしながら、ときに酔っ払ってくだをまく「ちゃん」の重吉のように、悲哀に満ちた、あるいは、悲と哀のあいだを生きているような…。」。今では忘れ去れた作家のように扱われる山手樹一郎、彼と周五郎の小説の登場事物を重ね合わせる、名解説と私は思いますね。
10月某日
「寒橋 山本周五郎名品館Ⅲ」(沢木耕太郎編 文春文庫 2018年6月)を読む。山本周五郎名品館は4冊で完結だから、これですべて読んだことになる。山本周五郎は多くの長編、短編小説を残しているので名品館に収録されていない名作、佳作もあることだろう。名品館は沢木耕太郎編で沢木の解説エッセイが味わい深い。寒橋は「さむさばし」と読む。沢木は「寒橋」を読んで「そしてもうひとつの驚きはその「さむさばし」が小田原町にあるということだ。寒橋だけでなく、主人公のお孝が住む家も小田原町にあるらしい」と書く。小田原町は沢木の父が生まれ育った町である。父は俳句を趣味にしていた。その句に「寒柝に幼児の怖れ想いけり」がある。沢木は次のように書く。「夜の小田原町をひとり歩いていると、お孝の住んでいた小田原町に聞こえる「柝の音」と幼い父の寝所に響いてくる「寒柝」がひとつになり、私もまたどこからか拍子木の音が聞こえてくるような気がした」「私も幼い頃に聞いたことのある、「火の用心、さっしゃりませ」という声とともに」。
10月某日
「その復讐、お預かりします」(原田ひ香 双葉文庫 2024年12月)を読む。24年の年末に初刷りで翌年の4月には第9刷となっているから売れ行き好調の文庫である。原田ひ香は今まで「一橋桐子(76)の犯罪日記」や「ランチ酒」を読んで面白かったのだけれど、本作は期待外れ。私が思うに「復讐屋」の成海と彼とパートナーを組む主人公の神戸美菜代の人物造形に魅力が足りないことが期待外れの一因。山本周五郎と比較してはいけないが、山本文学の優れているものの一つは人物造形の確かなことだと思う。
