モリちゃんの酒中日記 10月その3

10月某日
「昭和下町暮らし」(森まゆみ 中公文庫 2025年12月)を読む。森は1954年、文京区の駒込病院で生まれる。両親ともに歯科医で不忍通りに面した千駄木あたり(駒込動坂下)で開業。森はお茶の水付属中高から1973年、早稲田大学政経学部に進学。私が72年卒業だから入れ替わりである。もっとも私は授業にはほとんど出たことはなかった。当時はそれでも4年で卒業させてくれた。森は藤原保信ゼミに入り無事4年で卒業するが、当時は4大を出ても女子には教職や公務員以外、就職口はほとんどなく、森は銀座のPR会社に職を得る。その後近所の山崎範子らと地域雑誌「谷根千」を刊行する。本書はタイトル通り森の「昭和下町暮らし」が活写される。私は北海道室蘭市の郊外といえば聞こえは良いが、実際は町外れで育つ。だから食生活や学校生活が微妙に異なる。しかしテレビが家庭に入ってから暮らしの同質化が始まったような気がする。本書は随所に森の反骨精神が見られて楽しい。出雲の百姓と自称する佐藤忠吉さん。「失敗のない人生はそれこそ失敗でごじゃいますな」と出雲弁で語る。森は「学校も合格、浪人もせずよい大学に行って、有名企業に受かってつつがなく定年まで勤めたところで何が面白いのか」「世の荒波の中で悩み、失意の時や雌伏の時があってこそ、人生を味わうことが出来る」と書く。まったく賛成。

10月某日
神田の社保研ティラーレの事務所を訪問、吉高会長と佐藤社長と面談。吉高会長さんは生活の拠点を茨城に移したが、今でも週一回は事務所に出ているとのこと。吉高さんは高卒で武田薬品に入社、労働組合で頭角をあらわし上部団体のゼンセン同盟で活躍、中医協の委員も務めた。私は北海道育ちなので幼い頃、日本製鋼所室蘭や王子製紙苫小牧の労働争議を目撃した。また北海道では日教組や炭労、自治労などの勢力が強く、それらの組合は総評に所属していた。幼い頃から総評=左派、同盟=右派というイメージが刷り込まれていた。しかし長じるにつれ総評は官公労を主体、同盟は民間労組を主体としていることに気がついた。また年友企画で担当した年金転貸融資の団体のうち20協会は同盟(多くはゼンセン)が母体となっていた。理事長の多くは労働組合出身で、労働者の資産形成という観点から年金住宅融資を見ていた。ゼンセンは海員組合と並んで戦前からの歴史がある。海員組合は海運事業の衰退から組織を大幅に縮小させたが、ゼンセンはスーパーなどの流通産業に組織を拡大している。

10月某日
滋慶学園グループOB、OGの大谷源一さん、白井孝子さん、それに厚生省OBの小林和弘さんと東京神田、鎌倉河岸ビル地下1階の「跳人」で会食。大谷さんとは確か高橋ハムさんとのつながりで親しくなって、のちに滋慶グループの東京福祉専門学校などの入学案内制作の仕事をもらうようになった。その過程で白井さんとも親しくなったのだが、白井さんには「胃ろう・吸引シミュレーター」の開発でもお世話になった。小林さんは確か関東厚生局長を最後に退官、末次さんの次の全社協副会長になったのでは(うろ覚え)。白井さんは看護師出身、小林さんはエリート官僚出身、私と大谷さんは全共闘崩れ。それぞれ異なる経歴を持ちながら、親しく酒を呑ませていただきました。

10月某日
「おたふく 山本周五郎名品館Ⅰ」(沢木耕太郎編 文春文庫 2018年4月)を読む。沢木耕太郎の視点で山本周五郎の作品を選び直すという企画。沢木は年少の頃から貸本屋で時代小説を借りていたという話を沢木のエッセーで読んだことがある。私は中年以降、藤沢周平、佐藤雅美、司馬遼太郎らの時代小説、歴史小説を好んで読んできた。これらの小説は概ね江戸時代である。泰平の世が続く一方、貨幣経済が浸透するなかで商人資本主義が台頭する。武士的な価値観は揺らぐ一方、それに固執する武士も少なくない。江戸時代も中期以降になると、多様な価値観が世に現れてきたのではないか。私が山本や藤沢周平の小説を面白いと思うのも、そこに武士や庶民の多様な暮らし、価値観が表現されているからだと思う。

10月某日
「裏の木戸はあいている 山本周五郎名品館Ⅱ」(沢木耕太郎編 文春文庫 2018年5月)を読む。山本周五郎名品館は4冊で構成されていてそのすべてに沢木耕太郎が解説を書いている。解説エッセイ「彼らを輝かせるもの」で沢木は次のようなことを書いている。沢木の「バーボン・ストリート」の文庫本の解説を頼んでいた色川武大が急死し、ピンチ・ヒッターを山口瞳に頼むことになった。山口の解説に次の一節がある。《私は、『新潮現代文学全集17・山本周五郎』の巻の解説と、文春文庫・向田邦子『父の詫び状』の解説を読んでいて、彼はタダモノではないという感触を得ていた》 30代に入ったばかりの沢木に山本周五郎の巻の解説の依頼が来た。その解説を読んだ山口が「タダモノではない」という感触を得、何年かして山口から紀行文「迷惑旅行」の解説を依頼される。山口はデビュー作「江分利満氏の優雅な生活」を山本周五郎から《山口瞳。ありがたい作家があらわれたものだ》と絶賛される。「これがもとで、山本周五郎と山口さんとのあいだに、ある種の交流が生まれた。私も、のちに何度か共にすることになる酒席」がもたれた。山本周五郎と山口瞳そして沢木耕太郎の意外な(?)交流が明らかにされる。山本周五郎と山口瞳の共通点いついて沢木は「独特のこだわり」をあげる。それは「意地」とも言い換えられ、私には沢木にも同じものが感じられる。

10月某日
「将監さまの細道 山本周五郎名品館Ⅳ」(沢木耕太郎編 文春文庫 2018年7月)を読む。沢木耕太郎の解説エッセイ「悲と哀のあいだ」では山本周五郎と山手樹一郎の「深い関わり」について書いている。沢木は中学生のころ山手樹一郎の時代小説に熱中し、山本周五郎を読むようになったのは20代に入ってからという。沢木は「二人の、文学的な評価という土俵での勝負はついている」とする。そして「職人的な作家の山手樹一郎の姿が、ふと、山も周五郎の小説世界の住人のように思えてきたりもする。こつこつと確かな職人仕事をしながら、ときに酔っ払ってくだをまく「ちゃん」の重吉のように、悲哀に満ちた、あるいは、悲と哀のあいだを生きているような…。」。今では忘れ去れた作家のように扱われる山手樹一郎、彼と周五郎の小説の登場事物を重ね合わせる、名解説と私は思いますね。

10月某日
「寒橋 山本周五郎名品館Ⅲ」(沢木耕太郎編 文春文庫 2018年6月)を読む。山本周五郎名品館は4冊で完結だから、これですべて読んだことになる。山本周五郎は多くの長編、短編小説を残しているので名品館に収録されていない名作、佳作もあることだろう。名品館は沢木耕太郎編で沢木の解説エッセイが味わい深い。寒橋は「さむさばし」と読む。沢木は「寒橋」を読んで「そしてもうひとつの驚きはその「さむさばし」が小田原町にあるということだ。寒橋だけでなく、主人公のお孝が住む家も小田原町にあるらしい」と書く。小田原町は沢木の父が生まれ育った町である。父は俳句を趣味にしていた。その句に「寒柝に幼児の怖れ想いけり」がある。沢木は次のように書く。「夜の小田原町をひとり歩いていると、お孝の住んでいた小田原町に聞こえる「柝の音」と幼い父の寝所に響いてくる「寒柝」がひとつになり、私もまたどこからか拍子木の音が聞こえてくるような気がした」「私も幼い頃に聞いたことのある、「火の用心、さっしゃりませ」という声とともに」。

10月某日
「その復讐、お預かりします」(原田ひ香 双葉文庫 2024年12月)を読む。24年の年末に初刷りで翌年の4月には第9刷となっているから売れ行き好調の文庫である。原田ひ香は今まで「一橋桐子(76)の犯罪日記」や「ランチ酒」を読んで面白かったのだけれど、本作は期待外れ。私が思うに「復讐屋」の成海と彼とパートナーを組む主人公の神戸美菜代の人物造形に魅力が足りないことが期待外れの一因。山本周五郎と比較してはいけないが、山本文学の優れているものの一つは人物造形の確かなことだと思う。

モリちゃんの酒中日記 10月その2

10月某日
「古代の天皇制」(大津透 岩波現代文庫 2026年3月)を読む。第10章「摂関政治における天皇-終章にかえて」の冒頭で、本書の概要が明らかにされている。「本書では、律令制の分析を通じて、古代天皇制のあり方や基盤を明らかにしてきた。律令に規定される天皇制とは、大化前代あるいは古墳時代以来の固有なあり方、氏姓制度のあり方を継承しているものであることを明らかにした。天皇を中心に氏姓制的秩序が形成され、ウヂは必然的に神話における始祖の活躍に奉仕の根拠を求め、五位以上官人の中で、天つ日嗣や高御座、三種「神器」などにより天皇制の正当性が確認されていった、八世紀初頭には『古事記』『日本書紀』が編纂される必然性もあった」。天平期から貞観期に「それまでは神話的・氏族性的なイデオロギーに依拠していた天皇制が、儒教や冷静によって根拠づけられるようになり、宗教的なタブーが薄れていくのである。氏族性が変質、解体していくなかで、神話に代わって儀礼の整備などにより朝廷内で政治的な統合が図られ、その中心に天皇が位置づけられるのである」。なるほどね。「政治的な統合の中心として天皇」って現憲法の「国民統合の象徴としての天皇」も含まれる?

10月某日
「ともぐい」(河崎秋子 新潮社 2023年11月)を読む。我孫子市民図書館のリサイクル本として図書館のホールに並べられていた。北海道の白糠の山奥に住む熊撃ちの熊爪が主人公。熊爪はもちろん人間だが自然の一部として生きている。熊や鹿、兎の肉や皮を白糠で売って米や味噌、日用品、村田銃の銃弾を補充する。山の中の小屋で犬と暮らす、自然の一部として。時代は明治の末、日露が開戦する直前の頃だ。熊爪は獲物を白糠で購入していた富豪の家にいた片目の見えない少女を山に連れてくる。女は富豪の子を身ごもっていて出産、やがて熊爪の子を宿し、出産する。最終章で熊爪は女に殺されるのだが、この殺人さえも自然の一部として描かれているように感じる。「熊爪にとって、生き物とは山と森に生きるものが全てだ。その外側にいる奴は、動物であっても人間であっても、どうにも分かりきれるものではなかった」。私は北海道出身、といっても白糠のような道東ではなく、道南の室蘭出身である。室蘭は噴火湾に囲まれ気候も温暖であった。しかし、子どものころ山に遊びに行って熊の足あとらしきものを見つけたこともあるし、近くの川では年長の子どもがヤマメを先を鋭利にとがらせた金属で突いていた。河崎秋子は道東の別海町出身、北海学園大学を卒業した後、実家で羊飼いをしていたという。私には「人間を自然の一部」と描く稀有な作家と思われる。

10月某日
「キャベツ炒めに捧ぐ リターンズ」(井上荒野 角川春樹事務所 2025年10月)を読む。この間読んだ「キャベツ炒めに捧ぐ」の続編。都内で総菜屋「ここ屋」を営む麻津子(65歳)、江子(66歳)、郁子(67歳)の3人と彼女たちを巡る男女の物語。今回は「ここ屋」を含む建物の建て替え問題が浮上する。大家の事情も理解できることから3人は建て替えを受け入れ、長野で古い一戸建てを購入、友人たちの手を借りながら改装工事に勤しむ。巻末に「キャベツ炒めに捧ぐ」がハルキ文庫になっている広告が載っていた。解説は平松洋子。

10月某日
「広田弘毅」(波多野澄雄 吉川弘文館 2026年6月)を読む。著者の波多野は岐阜県立岐南工業高校から防衛大に進学、2年で退学して慶應義塾大学法学部政治学科に入学、同大学院博士後期課程単位取得退学、防衛庁防衛研修所戦史部助手などを経て筑波大学人文社会科学研究科教授、12年定年退官。アジア太平洋戦争に関する著書多数。広田弘毅については東京裁判により文官で唯一、絞首刑に処された人くらいしか印象にない。この本によりその生涯の概略がわかった。1878(明治11)年、福岡の石材店の子に生まれ、修猷館中学、一高、東京帝大を経て外務省に入省、欧米局長、オランダ公使、ソ連大使を歴任。外務大臣として「協調外交」を推し進めた。2.26事件後の1936(昭和11)年3月、首相に指名される。首相退任後、第2次近衛内閣では外務大臣に就任。戦後、戦犯として巣鴨プリズンに収監され、東京裁判では南京における大規模な残虐行為の責任を追及され、死刑判決を受け、1948年12月23日、絞首刑が執行された。大学時代に学生寮「浩浩居」を開く。この学生寮を手伝っていたのがのちに夫人となる静子。静子は広田の逮捕後、自死する。浩浩居は100年以上経った現在も杉並区西荻に実在するという。文化勲章は広田の首相在任時に制定された。

10月某日
「イギリス帝国-支配と残影」(木畑洋一 岩波新書 2026年8月)を読む。イギリスと日本はアジア太平洋戦争の一時期を除くと親しい関係にあった。日露戦争では日英同盟が日本の後ろ盾となったし、イギリスの王室と日本の皇室も親密だ。多分、日本で一番聞かれる外国語も英語だ。しかし、本書は私の知らないイギリスの一面にも目を開かせた。かつてイギリスは「世界の陸地の四分の一を支配し七つの海に君臨した」と言われたが、そのことはイギリスが最大の帝国主義国家であり、植民地主義国家であったことを示している。イギリスが新たに入植した北米大陸やオーストラリアは無人の大陸ではなく先住民がいた。「入植者たちはそうした先住民の権利を無視しつつ、しばしば暴力を用いて入植地を築きあげていったのである」。日本人も北海道では先住民のアイヌの権利を無視し、入植地を拡大してきたし、台湾や朝鮮半島、満洲においても土地を奪い、日本人入植地を広げてきた。イギリスはさらに北米大陸などの入植地の労働力としてアフリカ大陸から移送された黒人を奴隷として活用した。奴隷貿易は1807年に禁止されたが奴隷制度は1833年まで続き、奴隷の反乱も繰り返された。奴隷の反乱の最大のものは31~32年のジャマイカにおける反乱で約二万人が加わったこの反乱では300人の奴隷が鎮圧軍に殺され、鎮圧後に300人が処刑された。中国では二度のアヘン戦争で香港を奪い、不平等条約を強いた。インドにも侵略の手を延ばし、77年にはヴィクトリア女王がインド皇帝となる宣言を行った。イギリスはまさに世界帝国となったのだがその象徴とも言えるのが84年にロンドン郊外のグリニッジ天文台を通る経線が基準となる子午線(軽度〇度)として認められたことだ。インドとパキスタンの間のカシュミール紛争も源はイギリスの植民地支配であり、カシュミール紛争とほぼ同じ頃から継続しているパレスチナ紛争に関しても、「イスラエル建国の背景となるパレスチナ委任統治を行ったイギリスの歴史的責任は大きい」。大英帝国の影の部分を学んだ気がする。

モリちゃんの酒中日記 10月その1

10月某日
「キャベツ炒めに捧ぐ」(井上荒野 角川春樹事務所 2011年9月)を読む。先月、井上荒野の最新作「アクリル」について「まったく共感できない」という感想を述べた。それで井上の15年ほど前の小説の本作を我孫子市民図書館で借りた。総菜屋「ここ亭」で働く60代前半の3人の女性とその周辺を描く本作は「まったく共感できた」。本作では3人の女性たちの夫との死別や離婚も描かれているが、それが実にカラっと描かれているのが嬉しい。人間とは多面的な存在であり、井上荒野という作家にも「アクリル」的な面と、「キャベツ炒め」的な面が存在するということか。

10月某日
「帰郷」(浅田次郎 集英社文庫 2019年6月)を読む。6作の短編を収録した単行本は16年6月に刊行、初出はいずれも「小説スバル」。浅田次郎は1951年東京生まれだから私より3歳下、ほぼ同世代だ。浅田は70年の三島由紀夫の市谷陸上自衛隊での自決に衝撃を受け、71~73年に陸自に入隊、最終階級は陸士長。日本ペンクラブ会長や直木賞選考委員を務めているから、将来の文化勲章受章は間違いのないところ(私の個人的な感想!)。現代を舞台にした小説、主に幕末明治を舞台にした小説、アジア太平洋戦争を題材にした小説など、小説の舞台は多様であるが、本作の舞台はアジア太平洋戦争の戦中、戦後だが、現代と微妙に交錯する作品もある。解説は歴史学者の成田龍一。「浅田さんは、マクロな戦争の仕組みを認識しつつ、人びとの具体的な生活を描く。ミクロに戦争を叙述することによって、戦争小説を非戦小説へと繰り上げていっている」。同感。

10月某日
「ヒトとAI」(岡野原大輔 岩波新書 2026年7月)を読む。AI(人工知能)ってよくわかりません。で、図書館で本書を借りたわけだが、読んでもやっぱりよくわかりません。しかしAIの登場で人間と人間社会が大きな変革を迫られていることは何となく理解できた。人間には死に象徴される有限性があるがAIにはない。「AIが判断に深く関与する世界においても、その結果を引き受けるのは人間であり続ける」(はじめに)。そもそも人間とAIの学習形態は大きく異なるという。AIは「ランダムに切り出された断片を、あたかもショート動画のように次々と見せられていくなかで学習する」。これに対して人間は「人生のような長い時間的連続性をそなえた経験」を学習することによって判断する。人間の学習は視覚・聴覚・感情・身体感覚が同時に符号化され、常に「世界の厚み」を伴っている。AIは「学習の時点ではこのような「世界の厚み」を持たない」。人間には「世界の厚み」を伴っているが、AIにはそれがないということか。なんとなくわかったような…。

10月某日
「スナックふたり」(川上弘美 中央公論新社 2026年7月)を読む。読売新聞に2025年に連載されたもの。東京の下町(と思われる)に店を出す「スナックふたり」が舞台。司と逸子という二人のママとスナックを訪れる常連さんとの物語である。訪れる客のなかに何人かの幽霊がいる、というのが物語のミソ。私はお店で出される「お通し」が面白かった。「枝豆をさやごとフライパンで炒め煮にして醤油をまわしかけたもの」「みにとろろ蕎麦」「今日のお通しは、ひたし豆、それに、セロリのきんぴら、そして、手羽先を柔らかく煮たもの」「味玉-半分に切ってあり、上に黒ゴマが少しだけかかっている-」「れんこんの梅あえ」…。私が現役のころ通っていた根津のスナック「ふらここ」を思い出す。そこのママも料理が上手でいろんなお通しを出してくれたっけ。司のスナックに関する名言「うん、扉を開いてスナックに入っちゃうと、そこには夏も冬も秋も春もない、『スナック』っていう季節があるだけなのよ」。

10月某日
「夜の恩寵」(三浦しをん 集英社 2026年6月)を読む。「夜の恩寵」というタイトルが何とも素敵だ。恩寵って恵みという意味だと思う。この小説での「夜の恩寵」とは夢だ。将来の夢とかそういう夢ではなく眠っているときに観る夢。小説は夢と現実が折り重なるようにして進む。正直、意味がよく読み取れない箇所が何か所かあった。読み返してみてもやはりよく分からない箇所があった。しかしそれは不快ではなかった。惹句に曰く「夢をめぐる妖しくも美しい不思議な物語」。完全には理解できなくとも私にとって魅力的な物語はある。それが本作である。

10月某日
「けったいな関係-田辺聖子傑作短編集」(ちくま文庫 2026年8月)を読む。田辺先生の小説、とくに短編小説はユーモアを基本とするものだが、底に切なさを秘めているところが私は好きである。たとえば「ちさという女」では「私」の同僚の秋本ちさ(32)は仕事はよくできて、頼もしい存在、課長どころか部長でも対等にしゃべった。だが醜女であった。私は同僚の工藤と恋仲だが、社内には秘密にしていた。ちさは私に「あんた、工藤サンとあやしいの?」と尋ねる。「さあ。どうかな」と私はいい、ちさをからかいたくなった。「でも、工藤サンは、あきもとさんが好きやって、そんけいするっていってたわよ」「阿呆なこと、いいなさんな」とちさは狼狽する。一週間ほどたって工藤の誕生日に、ちさは直径30センチくらいのローマ字で「SHIZUO」と工藤の名前が入れられた、大きなバースデイケーキを贈られる。「SHIZUOか…」菓子屋の前で、紙にそう書いて頼んでいるちさの姿を思い浮かべると、「私は、はじめて、ちさをかついだことが胸いたく思われた。静夫と結婚して、三歳の男の子がある今になっても、私は、ちさのバースデイケーキを思い出すと胸いたむ。ちさにしみじみした思いを持つようになった」。

モリちゃんの酒中日記 9月その3

9月某日
「夕映え天使」(浅田次郎 新潮社 2008年12月)を読む。我孫子市民図書館のリサイクル本として図書館のロビーに出ていたものを持ってくる。6編の短編が収録されている。いずれも読んだ記憶がある。が、それぞれ面白かった。タイトルにもなった「夕映え天使」。東京下町の寂れた町中華、昭和軒が舞台。中年の主人公とその親父が調理する。ある日、雇ってくれと若い女が店に顔を出す。やがて主人公はその若い女との結婚を意識するが、その女は忽然と姿を消す。何年か経って軽井沢署から行き倒れとなった女の遺品に昭和軒のマッチがあったとの連絡が入る…。「琥珀」。三陸の路地裏の喫茶店、琥珀が舞台。関西出身の店主は見事に土地の言葉を使う。定年間際の大阪の刑事は、休暇を消化するために東北を旅し、琥珀を訪れる…。浅田次郎は長編も面白いが、短編も上手い!

9月某日
「日本終戦史1944-1945 和平工作から昭和天皇の「聖断」まで」(波多野澄雄 中公新書 2025年7月)を読む。著者の波多野は1947年岐阜県生まれ。工業高校を卒業ののち防衛大学校に進学、中退して72年に慶應義塾大学法学部卒業、79年に同大学院博士課程修了。防衛研究所戦史部を経て筑波大学社会科学系助教授、同教授。筑波大学では副学長も務め、現在は国立公文書館アジア歴史史料センター長。本書の「まえがき」で著者は、「「大東亜戦争」は、真珠湾攻撃に始まる「日米戦争」、おもに東南アジアを舞台にした「日英戦争」、1937年に始まる「日中戦争」、終戦直後の「日ソ戦争」という、四つの戦場の「複合戦争」であった。米英中ソの四大連合国の結束は辛うじて維持されたが、それぞれが担った戦場の様相も、今に残る傷跡もそれぞれ異なる」と述べている。そして、終戦の過程では「日中戦争や日英戦争の行方は定まらず、結局、日米戦争をいかに終結させるかに、指導者の関心は集約されていく」としている。終戦に至る過程では軍部(陸海軍)、
政治家、外務省などの官僚、宮中(天皇や皇族)の思惑が交錯する。軍部でも保有する艦艇の大部分を失っていた海軍は終戦やむなしだったが、陸軍は本土決戦による一撃講和を掲げ徹底抗戦を叫んでいた。結局、昭和天皇の聖断により終戦となるのだが、聖断に至る天皇の気持ちを「自ら使者を送って確認した本土決戦体制の不備、それを糊塗する統帥部に対する不信感が、終戦を決意させる要因だったことが判明している」(終章)とする。天皇の孤独を感じる。ところで戦艦大和は45年4月8日に「海上特攻として8日黎明に沖縄島に突入」との出撃命令を受ける。大和は「沖縄本島に到達することなく…坊ノ岬沖に沈んだ」。日本側の戦死者は「大和が3063名、第2水雷戦隊981名、合計4044名にのぼった。これに対し米側の損害は爆撃機4、パイロットと搭乗員12名を失ったのみだった」。

9月某日
「埼玉マンション物語」(篠田節子 光文社 2026年7月)を読む。「ヴィラージュさやまの森」というのが小坂香織の住むマンションの名前だ。香織は30代独身、長期ローンを組んで購入した。管理組合の理事長となった香織にマンションの修繕などさまざまな難題が持ち込まれる。著者の篠田1955年生まれ、今年71歳である。それにしてはマンションの住人である30~50代の壮年男女の生態を活き活きと描いていると思った。NHKテレビで放映されている「団地のふたり」(小泉今日子、小林聡美主演)もマンションというか、団地を舞台にしたドラマ。コンクリート造の集合住宅が日本に登場したのが関東大震災後の同潤会アパート、日本初の分譲マンションは東京都が渋谷に建設した宮益坂ビルディングと言われている。都内ではマンション価格の高騰が続いていて平均価格で1億円以上という。小説の舞台となったマンションは西部線沿線の狭山市に立地する。篠田はマンション住まいなのだろうか?

9月某日
小学校、中学校、高校が一緒だった山本君と柏で昼飲み。15時に柏駅の改札で待ち合わせ。山本君は東武野田線、私は常磐線で柏へ。高島屋側に出て歩道橋を降りたところにある居酒屋に入る。2時間制と言われる。年寄りにはちょうどいい。2時間ほどおしゃべりしてお酒を呑んでお開き。次回は高校の同級生で常磐線界隈に住んでいる人に呼び掛けて、11月末ごろに柏で忘年会をしようということになった。

9月某日
「日本の戦争はいかに始まったか-連続講義 日清日露から対米戦まで」(波多野澄雄 戸部良一編著 新潮社 2023年5月)を読む。本書は「大東亜戦争の開戦80周年(2021年)を迎えるにあたり、5つの主要戦争の原因や特徴を多角的に考察してみよう、という現代文化会議が企画した連続講演会の記録である」(序章)。5つの戦争とは戦没者が1万人を超えた日清戦争(1万3600人)、日露戦争(8万8400人)、満州事変(1万7100人)、支那事変(日米開戦まで19万1200人)、大東亜戦争(213万3900人である。序章を執筆した波多野は第1次世界大戦に始まる総力戦について「支那事変以降の帝国全体に及ぶ大規模な戦時動員体制は、その強制性ゆえに社会の「平準化」を進展させる。実際、農村において地主と小作人の関係が揺らぎ、都市でも労働者の地位改善、女性労働者の地位向上といった現象が起こる。こうした現象は戦後につながる「社会の現代化」を準備したとする見方が定着している」と述べている。日本は「戊辰戦争いらい、台湾出兵、西南戦争、日清戦争、義和団の乱への派兵、日露戦争、第1次世界大戦、シベリア出兵、さらにはその後も満洲事変、日中戦争、太平洋戦争と、1945年まで、ほぼ10年と空けずに戦争を続けています。この点で、近代日本は同時期のヨーロッパにもまして、きな臭い国家だったということを認めざるをえません」(第2章 小原淳)。戦後80年、日本は他国と戦火を交えることは一度もなかった。一国平和主義との批判もあろうが、「戦争は二度とごめんだ」という国民世論の後押しがあったことも事実であろう。

9月某日
今日で9月も終わり。ちょっと肌寒いくらいだ。「アクリル」(井上荒野 集英社 2026年7月)を読む。井上荒野の作品は割と好きで何冊も読んでいるのだけれど、本作は私にとっては「外れ」であった。卓郎と美幸という30代の夫婦が主人公。妊活に励むが卓郎が無精子症であることが発覚。美幸は「推し」のビヨンセのアクリルスタンドを購入、さらにパパ活で50代の冴えない男、渡部とセックスし、妊娠。美幸は出産し卓郎とともに子育てする。エピローグで卓郎が渡部に殺意を抱いていることが明らかにされる。惹句に「現代人の孤独とグロテスクな欲望を描く、ノンストップ・アクスタ小説!」とあるが、描かれた「現代人の孤独とグロテスクな欲望」にまったく共感できなかった。